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第25回 なぜお子様ランチを食べたいのか

うちの職場では、上の人たちはいろんな研修に参加するのだが、内部の研修も含めて、我々のような下っ端にはあまりチャンスがない。これでよく今まで働いてこれたものだ。みんな自分自身の経験と自己研鑽のたまものなのだ。
外部で研修を受けた上司が、朝礼のときに自慢げに話したのが次の文章である。あとでプリントアウトしたものも配布したので、長いがあえて引用する。

ディズニーランド内にあるレストランに、ある日30代半ばを過ぎたくらいのご夫婦が来店されました。 接客したのはアルバイトの若い女の子でした。 ご夫婦をテーブルへと案内し、注文を承りました。 先にご主人が注文しました。そして奥さん。最後に奥さんが「お子様ランチをひとつお願いします」と追加されました。 ご夫婦お二人だけです。それに、それぞれご自分の注文が終わった後のことです。 アルバイトの女の子が確認します。 ご主人が答えました。 「ええ、お子様ランチを一つ追加してください。私たちには子供がいました。その子は何よりディズニーランドが大好きでした。一日遊んだあとに、このレストランでお子様ランチを食べるのが、特別の楽しみでした。今日はあの子の誕生日だった日です。いつものとおりお子様ランチをお願いします」 子供用のいすを運び、お子様ランチをだす。誰も座ることがない椅子にはミッキーマウスのカードが添えられていて「いつまでも、お誕生日をお待ちしています」と。

……文章がおかしい。気になる。添削しようとしたが、原文ママで。

それはともかく、この話をした上司は、「この話を紹介したのはホスピタリティの精神をみんなにも、と、思ったわけではなく、純粋に感動したからなので」といって、話を終えた。

上司としては、これを少しは見習えよ、ということをいいたかったのだろうが、ひっかかったのは、このお子様ランチの話だ。

この話は有名だ。私も昔、キャストだった頃に初めて聞いたと思う。ネットで「ディズニーランド お子様ランチ」と検索すれば、かなりの数が現れるだろう。
しかし、上に書いた話は私が知っているものとはまったく違う。ミッキーマウスのカードを、そもそも簡単に用意できるはずがない。なんなんだ、このでたらめな話は……と、思って調べてみた。そうしたら、上記の話の他にいくつかのバリエーションがあることがわかった。

パターン1(もっとも基本的)

登場人物:若い夫婦、バイトの人
話:「今日は、亡くなった私の娘の誕生日なんです。私の体が弱かったせいで、娘は最初の誕生日を迎えることも出来ませんでした。子供がおなかの中にいる時に主人と“3人でこのレストランでお子様ランチを食べようね”って言っていたんですが、それも果たせませんでした。子どもを亡くしてから、しばらくは何もする気力もなく、最近やっと落ち着いて、亡き娘にディズニーランドを見せて三人で食事をしようと思ったものですから…」
キャストの対応:お子様ランチと子供用の椅子を用意。
(このあたりはバリエーションがあって、三人分のお子様ランチを出すとか、テーブルを四人掛けに移したとか)
後日談:なし

パターン2

登場人物:老夫婦、バイトの人
話:昔、自分たちの子どもを亡くしてしまって、子どもはずっとディズニーランドに行きたがっていたから、弔いのために夫婦できました。
キャストの対応:お子様ランチを出した。
後日談:とくになし。

パターン3(1の変形)

登場人物:若夫婦、若い従業員の人、上司
話:パターン1と同じ。
キャストの対応:従業員はマネージャーに事情を説明し、願いをかなえてあげたいといったところ、マネージャーも即座に了承、子供用の椅子とお子様ランチを夫婦に用意した。
後日談:感謝の手紙が届く。文面は多様。

……途中で飽きてしまったので確認作業はやめたが、ちょっと調べただけでも上記のようなパターンが存在する。文体・語り口については、それこそ多様だ。
元に一番近いのは、パターン3であろうと思われる。私が知っている話はこれだ。
この話を最初に広めたのは、堀さんという元関係者で今はコンサルタントをしている人のようだ。その後、いろいろな人が話を変え、より感動的に、よりわかりやすく語っていくうちに、このように無数のバリエーションが生まれたものだ。
つまり、このお子様ランチの話はすでに都市伝説なのである。今となっては、本当にあった話なのかさえ、わからない。東京ディズニーランド開園5周年前後の話で、場所はワールドバザールの某レストランだと言われているが、公式的に語られたものではなく、確証は何もない。

だが、この話は語り継がれ、いい話として流布し続ける。事実かどうか、今のディズニーランドは「お子様ランチ」ではなく「お子様メニュー」だ、ということも含め、関係ないのだ。人々はいい話が好きなのである。

さて、この話だが元々は「いい話」として語られたものではない。コンサルタントがホスピタリティーについて話すときによく使われるものだった。

キャストの行動は、お子様ランチは大人には売れないというマニュアルには反するが、お客様のために正しい行動をした。ホスピタリティーを考える上で、マニュアルではなく、マインドが大切なのだ。

……という話だと思ったのなら、あるいはコンサルタントや講師でそう説明した人がいたとしたら、それは間違いである。

この話は、キャストは一見マニュアルどおりに行動しなかった、決まりを破ったように見えるが、実はキャストの行動はディズニーランドの基本理念、目的どおりのものであり、大きな意味でマニュアルどおりに行動したのだ。
ディズニーランドでは食事を提供するのではなく、食事を通じて夢や感動を提供する、楽しんでもらうことが目的なのである。表面的なマニュアルではなく、その根底にある理念や目的をキャストも上司も理解していたからこその「当然の行動」だったのだ。だからこそ、キャストは独断ではなくきちんと上司に相談し、許可を得て行動しているのである。
(そういう描写のない話もありますが、それこそ、この話を理解していない人が広めたものでしょう)
それに対して、後日ゲストから感謝の手紙が届く。そういう手紙はすべての部署に回覧され、キャストの行動を称賛する。称賛することで、会社がどのようなことを期待しているのか、教育するよい機会にもなる。そして、よい行動をきちんと賞賛することで、従業員のモチベーションアップにもつながるのである。

本来、このお子様ランチの話は、そういったことを説明するための事例なのだ、と私は理解している。
そういう意味では、この話が事実がどうかは関係なく、マニュアルや従業員教育の大切さを理解するための事例としては、よいお話だろう。

……と、上司に説明してあげようかとも思ったが、やめた。ホスピタリティーだとか、従業員教育という意味をそもそも理解していない方に、こんな話をしても無駄だろうから。
そういう人には単なるいい話で十分さ。

でも、同じようにやれ、と部下に期待されても困るけどね。

(今回の話をもっと感動的に書け、といわれたら、書くこともできるけど、そういう趣旨の文章ではないので、あえてあっさりと書きました)

追記:私もお子様ランチを食べたいとディズニーランドの某レストランで言ったことがある。そのときキャストはにこやかに、
「うーん、もっと小さくならないといけませんね」
と答え、私も「そうですねー」と笑いあったのでした。
(言ってはならないことだが、場所によってはお子様メニューの方がおいしそうなのです)

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