« 第2回 出会うということ | トップページ | 第4回 貴重なご意見 »

第3回 魔法の呪文を教えてよ

現在、私は夢と魔法の王国から遠く離れた場所で普通に勤め人をしている。どちらかといえばサービス業で、いろんなことをするのだが、その一つにお客様と窓口で応対するというものがある。
それは、ふつうのサービス業のように腰を低く「お客様、お客様」というのではなく、相手に対してかなり強く出ることができるお仕事だったりする。ときには相手に対して説教のようなことまで言ったり、こちらがちょっと間違っていても、強く押し切ったりする、かなり強気な商売をしているのだ(やっぱり、サービス業じゃないな)
もちろん私もその一味であり、客を客とも思わぬような強気な態度で接することもあるし、困っている客に「あなたが間違えたんだから仕方ない」というような冷たい態度をとることもある。仕事上仕方ないというか、うちの職場の決まりなのだが、私はすっかりその接客態度に慣れてしまっている。

一方で、私はディズニーユニバーシティーを卒業しており、キャストとしての知識と経験を充分にもっている。カストなんて、接客術あるのか、と思われるかもしれないが、カストこそパークの中でもっともゲストと接する職種なのだ。
それに私は何気なく、マーチャンダイズの経験ももっていたりするし、やろうと思えば、キャストのように絶えない笑顔で、接客のプロに変身することだってできるだろう。
私がコンサルタントぶって、たとえば私の今の強気な商売のところでも、キャストのような接客を導入しようとすることは可能であるとも思っている。それだけのノウハウくらい私はもっているのさ、こんなホームページを作れるくらいだから。

しかし、私の今の職場にディズニーのような接客マニュアルを導入しようとは思わない。

東京ディズニーランドが開園した頃、ディズニーの接客に学べ、と、どれだけ多くの企業の人が仕事として遊びに来たか。大きな本屋にいけば「ディズニーランドに学べ」みたいな本が、いいかげんなものから、元社員の緻密な内容のものまで何冊もある。最近でも、元社員、元キャストとしての実体験を元にコンサルタントをしている方もいるようである。
だが、ディズニーランドのマニュアルを取り入れようとした多くの試みは、成功していないのではないか。
ディズニーランドをマニュアルばかりのところと思っている人は多いが、キャストがマニュアルを見るということはほとんどない。すべて先輩やトレーナーに教えられて、見本を見せられて、実体験の中で自分で考え、覚え、改善していくのだ。みんなが納得した手順なので、みんなが結果的に同じように動いているように見えるだけなのである。
(もちろん、純粋な作業についての手順書はありますよ。でも、それは教える側が見るもので、教えられる人には見せてもらえません。書いてあることをいかに他の人に伝えるかが重要なのですが、それはまたいずれ……)

例えば……ここで書いていいような話が見つからないので省略してしまうが、極端にいえば、キャストたちは「ディズニー」という強力な価値観・思想をあらゆる場面で刷り込まれていく。途中で合わない人は消えてしまい、きちんとその価値観・思想を理解し共有したキャストだけが長く働いているのだ。
社長からアルバイトである準社員のキャストまで、すべての人が同じ価値観をもつことができれば、もうマニュアルなんていらないのである。
経験の差はでてくるかもしれないが、ゲストに笑顔で「おはようございます」「このあともごゆっくりお楽しみください」「写真をおとりしましょうか」という言葉は義務感ではなく自然と出てくる。困ったゲストを見かけたとき、声をかけ、どう対処すればよいか、自然と判断できる。何を優先し、どうすればゲストのためになるか、自分で判断できる。その判断の基準となるのが「ディズニー」であり、「キャスト」としての自分の立場、矜持なのである。同じアルバイトでも、ディズニーのキャストたちが優れているように見えるのはこの部分なのだ。

……ということは、さきほど紹介したような本などには書いてあることだと思う(書いていなかったら、まずいな。余計なことを書いたことになるから)。
……書くのは簡単だが、それをディズニーのテーマパーク以外で実践するのは難しいのだ。それはつまり、その職場に、働く人々が納得し、従い、実現しようとする価値観や思想、哲学が存在するか、ということになるのだ。それも、ワンマン社長の方針だとか、社風だとか、そういう特殊なものではなく、働いている誰もが納得し、信じることができる普遍的なものでなければならない。
それは宗教やイデオロギーにも通じるところがあるかもしれないが、そういう意味ではディズニーというのは立派な思想なのである。

短期間にその思想を叩き込むことができるのは、教育プログラムが優れているということもあるが、その思想をきっちりと体現している先輩キャストたちの存在があり、そして思想を形にしたディズニーのテーマパークの中にいることで「ディズニーマジック」ともいわれる思想を信じることができるのである。思想を信じるというよりも、魔法にかかるといった方が良いかもしれない。

それらがないところに、ディズニーのように従業員たちに魔法をかけようと呪文を唱えても、元に魔力がないのだから、効き目がないのである。

私が今の職場にディズニーのような接客術を導入しようとしないのは、面倒くさいということを除いても、そんな価値観・哲学・思想が存在しないからである。それを作るような立場でもない。(いや、今の私の職場の価値観でいえば、強気な接客は当然か)

私だけでも、キャストのような接客ができる人間として働いてもよいのだが、そんな気持ちにはなれない。それはきっと、「ここはディズニーのテーマパークじゃねえよ」という事実以前に、もうすっかりディズニーマジックが解けてしまったからかもしれない。ディズニーマジックを信じることが出来たのは、東京ディズニーランドという完璧な入れ物の中にいたからであって、そこから離れれば魔法も解け、ふつうの人間に戻ってしまうということか。

まあいいのさ、私の職場には夢も希望もないし、魔法の呪文を唱えても、現実という強力な結界で弾き飛ばされるだけなのだから。

|

« 第2回 出会うということ | トップページ | 第4回 貴重なご意見 »

コメント

この記事へのコメントは終了しました。

トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 第3回 魔法の呪文を教えてよ:

» [雑感][TDR]ISO14001とOLC [BigLoveの日記]
ISOの予備審査を、ただいま受審中。 ISOマネジメントシステムのしかけと、OLCのシステムの類似点が、ますますはっきりわかった。 -やり方の査察ではなく、枠組... [続きを読む]

受信: 2004.06.29 17:06

« 第2回 出会うということ | トップページ | 第4回 貴重なご意見 »