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カストーディアルのエンターテイメント性―その2―

まずは、この動画を見てほしい。

見ましたか?

「みんなの……みんなのカストーディアルが変わっていく。これが、カストーディアル部第2カストーディアルグループが求めた答えなの?」
初めて見たとき、思わずそうつぶやいていた。(人はこんなに長いせりふをふつうはつぶやかないが)

リンク切れになる可能性もあるので、解説しますが、これは東京ディズニーシーのカストーディアルである。
そのカストーディアルが、ガラススクイジーを手に、窓があるかのように、ゲストの前でガラス掃除のパントマイムをしているのだ。2輪カートになぜかトイブルームとダストパンを装着させ、腰には洗剤の入ったボトルもつけている。立派なカストーディアルだ。

……このキャストは本物のカストーディアルキャスト、ではない。

昔、東京ディズニーランドで、カストーディアルのかっこうをした外国人エンターテイナーが、アルミバケツなどを楽器代わりにしてパフォーマンスを魅せた、その延長戦にアルともいえる。
ただ違うのは、かっこうも道具も本物のカストーディアルとまったく同じなのだ。でも、よく見ると、髪の毛がキャストらしくないちょっと長めだし、日本人でもない。

さて、前にもここで書いたことだが、カストーディアルキャストは、どこへ向かおうとしているのだろう

厳密にいうと、東京ディズニーランドと東京ディズニーシーのカストーディアルは違う部署であり、微妙に方針などが違う。どちらかというと、東京ディズニーシーのほうが、昔の踊るような掃除をするカストーディアルのパフォーマンス性を重視しているといわれていた。
スイーピングマジッククラスの実施や機動チームの運用など、カストーディアルらしいパフォーマンスを志向しているのだと思っていた。

カストーディアルキッズはご愛嬌だとしても、その方向性は継続しているのだと思っていた。

ところが、この最近、「変なパフォーマンスをするカストーディアルがシーにいる」という情報が多数入ってくるようになった。
それがあの動画である。

カストーディアルはどこへ向かおうとしているのだろう。

ああいうカストーディアルを出さないといけないのですか?
あのパフォーマンスを見た本物のカストーディアルキャストはどう思いましたか?
掃除をかっこよくみせるだけではいけないのですか?
掃除とは関係ないパフォーマンスは、カストーディアルに必要なのですか?

今回のパントマイムのパフォーマンスはカストーディアルに対する挑戦ではないだろうか。
もし、カストーディアルの「歩くインフォメーション」だけでなく、「掃除のパフォーマー」としても認められていたのなら、こういったエンターテイナーは現れなかっただろう。
見た目が完全なカストーディアルの姿の人間にパフォーマンスをさせるなら、本物のカストーディアルにもパフォーマンスを解禁すべきなのではないか。カストーディアルに大技を禁じていたのは「君たちは掃除をする役目であってエンターテイメントではないのだ」という会社の方針だったはずだ。

「掃除のパフォーマー」を認めるなら、ふつうのカストーディアルがオンステージでトイブルームを空中に飛ばし、ダストパンを振り回し、飛び跳ねながらスイーピングしてもいいではないか。二人のカストがならんでごみを飛ばしあいながら歩いてもいいではないか。モップで絵を描いたり、落ち葉でアートするなんてことはしなくても、掃除という本業でカストーディアルはパフォーマンスができる存在なのだ。

そっちのほうが、ずっと楽しいテーマパークの演出ができるのではないですか?
見せ掛けのカストーディアルのパフォーマンスなんて、ディズニーのテーマパークにはいらないはずですよ。

※語弊があったかもしれませんが、「君たちは掃除をする役目であってエンターテイメントではないのだ」というのは、ある時期、技をしようとするカストに対して注意するときにいわれた言葉です。公式的な会社の見解はきっと「安全が第一であり、ゲストに危害が及ぶかもしれない動きはよろしくない」ということでしょう。

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